国際日本学部

SCENE

神奈川大学の風景
December 9, 2020
日本文化学科

クリティカルに読み、問い続けることで広がる文学の世界

テクストの前で立ち止まり、それまでとは違う別の視点から読み、前提を覆し、異なる可能性を考える。そして、テクストの裏側に、どのような世界が隠れているのかを推し量る。「見える論理」を読むだけでなく、背景にある価値観や社会、文化の状況など、「隠れた論理」も読み、考えを深めていくことが、大学で学ぶ意義であると、澤口先生は語る。高等学校の国語の教科書でも扱われる小説を題材に、クリティカル・リーディングを体験し、大学の学びの奥深さを感じてみよう。

前提を覆して「山月記」を読み解く

みなさんは、中島敦の短編小説『山月記』を読んだことがありますか。高等学校の国語の教科書でも扱われているので、一度は読んだことがあるかもしれません。では、国語の授業ではどのようにこの小説を読んだでしょうか。おそらく、詩人となる望みに破れて虎になってしまった主人公の李徴はアウトローでいびつな存在であり、袁傪をはじめとするほかの人々はまっとうな人間であることを前提に読み進められたかと思います。そして、李徴はなぜ虎になってしまったのか、どうしたら虎にならずに済んだのだろうか、あるいは李徴の抱えていた悩みやいびつさとは何だろうか、といったことを考えていくことが多かったのではないでしょうか。高校までの国語の授業では、学習の到達点が設定されています。そのため、先生が丁寧に手ほどきをし、理解を促すという読み方がなされます。これはある意味で当然のことと言えるでしょう。

しかし、大学ではたとえ『山月記』のような名作と言われる作品であっても、そのような読み方にとどまることはしません。あえてその世界観を“ひっくり返して、かき混ぜて”読んでみるのです。

例えば、もしかしたら李徴の方がまっとうな存在であり、周りの社会がいびつだったのかもしれない、と考えてみます。私が授業でこのような前提を覆すような読み方をしてみせると、初めは学生たちも驚いて、「そのような読み方をしてもいいのですか?」と呆気にとられます。しかし授業を進めていくと、次第に、「もしかすると、ここもこう読めるかもしれない」と、それまでとは違う視点から読む姿勢が見られるようになり、授業は俄然、活気づいてきます。

前提を覆して読んでみる、前提に問いかけてみる。大学での学びは、多角的に考え、さまざまな可能性を見つけていくことが重要なのです。

大学での学びは、「クリティカルに読むこと」が鍵

私が授業で取り入れているこの読み方は、「クリティカル・リーディング」という手法です。日本語では「批判的読み」などと訳され、「批判」することが前面に立って捉えられがちですが、クリティカル・リーディングは、単に「間違いを正す」ことや「論理的につじつまが合わないことを確認する」ことではありません。

見渡せば、世の中にはさまざまなテクストが存在します。文学作品だけではなく、たとえば広告の折り込みチラシもテクストであり、今、みなさんが読んでいるこのような記事もテクストであると言えます。それらを理解するためには、表面に現れている言葉だけを読み取るのではなく、その言葉や思想が生まれた背景にある社会や文化を理解する必要があり、どのような過程を経て、そのテクストが生まれたのかをたどって、深く読み解いていくことが求められます。

そこでまずは、与えられたテクストの前で立ち止まり、前提を覆して読んでみましょう。視点を変えて別の立場から読んでみて、異なる可能性を考えてみるのです。そして、そのテクストの背景には何が隠されているかを検討していきます。このような読み方が、クリティカル・リーディングの第一歩なのです。

みなさんは、大学に入学すると、高校までの「学習(学び、習うこと)」から、「学問(学び、問う)」ことに学びのスタイルを変えていくことになります。高校との大きな違いは、「答えのないものを追い続けることを、いかに楽しめるか」ではないでしょうか。その際に、クリティカル・リーディングの手法でテクストを読み進めることは有効な手段となります。授業ではグループディスカッションを取り入れていますが、学生たちはいろいろな視点で物事を見つめ、問いを見つけながら、考え、話し合います。そして議論が深まっていくうちに、次から次へと疑問を投げかけるようになります。クリティカルに読むということは、「問い続けること」なのです。

現代社会におけるクリティカル・リーディングの必要性

クリティカルに読む力は、実社会で自分が物を見て、考えるときにも生かされます。高度な情報化社会である現代は、膨大な情報がSNSなどを通じて日々、洪水のように発信されています。それらを鵜呑みにするのではなく、一旦立ち止まり、何が正しくて、何が間違いで、情報の裏側には何が隠されているのかを考えてみること―それは、あふれる情報の中にいる受け手としての「自分を守る」ことにもつながるのです。

相手の言葉や文章の裏側を考え、じっくり話し合うことでお互いの理解も深まり、自分が嫌いだと感じていたものも「意外と面白いかもしれない」と発見することもできるかもしれません。そうすることが、争いや偏見を助長させず、自分や仲間、あるいは社会が間違った方向にいかないための「Resistance」(抵抗、立ち止まり)になると思うのです。

手軽に情報発信ができるSNSのような身近なテクストで理解や発信を完結するのではなく、匿名ではない真正のテクストと向き合う環境のなかで、立ち止まって考え、さまざまな視点から意見を出し合う。それこそが大学で学ぶ醍醐味なのです。ぜひ、「クリティカル・リーディング」の手法を学び、学問の世界の奥深さを味わってほしいと思います。

日本文化学科
教授

澤口 哲弥 先生

国語教育学
クリティカル・リーディング

掲載内容は、取材当時のものです

日本文化学科
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