国際日本学部

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神奈川大学の風景
March 23, 2021
歴史民俗学科

「旅」を通して見える人の歴史をたどり、未来へつなぐ力に

歴史民俗学科の山本志乃先生は、昔の人々がどのような旅をして、どのように移動しながら生活をしていたのかを探り、自分自身も「旅」を通して研究を進めている。フィールドワークにおいて大切なのは、さまざまな土地の人と出会う中で、自分が情報を得るだけではなく、その土地に「お返し」をすることだ。学生たちには歴史の表舞台には残りにくい庶民の生活を見聞きすることで、「過去に学び、未来へ歴史をつなげる橋渡しをしてほしい」と願い、指導にあたる。

民俗学とは、人が生きてきた生活の歴史

民俗学は、歴史学の一部分ではありますが、高校生のみなさんが歴史の教科書で触れるような事件や出来事を学ぶこととは少し異なります。歴史学では主に書き残された史資料に基づいて過去の事実を学びますが、民俗学とは一般的には文字化されにくい庶民の生活の歴史を扱う学問です。つまり、「人がどうやって生きてきたのか」を、人々の言葉や実際の行動などを通して学ぶことなのです。

なかでも、私は「交通・交易」という分野を専門とし、移動を生業とする人たちの生活をいろいろな側面から調査しています。また、「行商」のような小さな商売に携わる人たちの生活にも焦点を当て、フィールドワークを通して、実際に行商を経験してきた人にお話を聞いたり、現在も全国各地で開催されている「朝市」にも出向いたりするなどして、研究に取り組んでいます。

宮城県の気仙沼朝市にて(2014年6月15日)

旅人はなぜ「おもてなし」されるのか

みなさんは「旅」と聞くと、楽しい娯楽のイメージがあるのではないでしょうか。実は「旅」という言葉自体は、万葉集にも出てくるような非常に古い言葉です。その当時の歌には、旅は決して楽しいものとして描かれていませんでした。なぜなら、昔の日本では現代のように交通の便も整ってはおらず、一度旅に出れば、食べるものも手に入るかどうかもわからない、常に危険や死と隣り合わせの厳しいものだったからです。

やがて、江戸時代の初期に街道や宿場が整備されると、人の移動がしやすくなり、旅が楽しいものへと変わっていきました。そして江戸時代の半ばになると、出版文化が盛んになり、『名所図会』と呼ばれる、その土地の名所や産物、歴史や行事などが盛り込まれた、現代でいうガイドブックのような旅の案内書が人気となり、人々の「旅に出たい」という気持ちが、さらにかき立てられました。

その当時、庶民の自由な移動は基本的には禁止されていました。しかし、「お参り」に行くことが目的であれば、旅をすることができました。つまり、いろいろな神仏に対して、家の繁栄や豊作を願い、そういった信じる心「信心」をかなえるための旅であれば、人々は移動することができたのです。特に、伊勢神宮へのお参りは旅をする正当な理由として格別に容認され、江戸時代の半ばには「お伊勢参り」が全国的にも流行していました。

民俗学者の柳田國男は、「旅」の語源は、古い言葉で「たまえ(賜る)」という言葉が変化したものであると読み解きました。つまり、「ください、ください」と物を乞い、いろいろな食べ物などをもらいながら移動していくのが、旅の原点だとされます。そしてその旅人は、神様が姿を変えてやってくるものだと考えられていました。旅人を迎える側は、その旅人に何かを与えることで、神様のご利益を得るといった考え方が根付き、旅人をもてなしてお礼をするという習慣が古くからありました。

例えば、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている男鹿のナマハゲや甑島のトシドンなどの「来訪神」行事は、そうした古い旅人のあり方を伝える地域特有の伝統行事です。「来訪神」の多くは旅人の姿でお正月の時期にやってきて、その家が幸せであるように、災厄をはらったり、豊作を願ったり、お祝いの言葉を述べたりし、迎える側はその旅人をもてなして、お礼をするのです。そしてそれは、遠来のお客さんを迎え、もてなすという習慣として定着していき、「おもてなし」を大切にする、現代の日本人のホスピタリティ精神につながっていったと考えられています。

フィールドワークのすすめ

歴史民俗学科で学ぶ学生のみなさんには、民俗学の主な研究方法の一つであるフィールドワークへ積極的に出かけて行ってほしいと思います。そして、フィールドワークという「旅」を重ねながら、「良き旅人とは何か」について考えてほしいと思います。私自身も、常に「良き旅人になりたい」との思いで、全国を旅しています。旅先で何かを得て来るだけでなく、その土地に何かを残し、プラスになるようなお返しをすること。それが「良き旅人」としての姿なのです。

研究者である私にとって、フィールドワークは「旅」そのものです。自分の足で歩き、目で見て、耳で聞いてきたことは、研究において何よりの根拠となります。「歩く・見る・聞く」ことは、フィールドワークの基本です。現在では、インターネットを通して、現地を訪れなくても各地の景色や情報を手に入れることができるようになりました。しかし、その場に行かなければわからない空気感や、音、匂いなど、全身の五感で感じられるものが必ずあるはずです。

フィールドワークに出かけると、私たちは土地の人々と出会い、情報を提供してもらい、いろいろなものを得ることができます。しかし、そのためにはその土地の人々の時間を使うことになります。ですから、一方的に自分が何かを得るだけではなく、得たことに対してきちんとお礼をし、お返しをする姿勢を忘れずにいたいものです。

その土地に暮らす人々の生活を外からの視点で見つめ、そこに根付く文化や歴史を掘り起こし、価値を再評価して、記録を残していくこと。それこそが、民俗学の研究の最終目的であり、その土地へのお返しにつながります。私たち研究者が書いて残したものが、その土地の人々にとって、これからの未来に向けて地域をつくっていくうえでの素材となり、生きていく原動力になっていくことを願い、これからもフィールドワークを大切にしていきます。

歴史民俗学科
教授

山本 志乃 先生

民俗学

掲載内容は、取材当時のものです

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